水中プラズマの生体作用とその応用

1. はじめに
近年、湖沼、ダム、ため池などで、藍藻類(シアノバクテリア)の異常増殖により水面の色が変化する『水の華』と呼ばれる現象が発生し、景観の悪化、悪臭の発生、浄水場における濾過障害などの深刻な問題を引き起こしている。また、藍藻類に属するミクロキスティスが生産する毒素の一つであるミクロシスチンによる被害も世界中で増加しており、WHOが飲料水中に含まれるミクロシスチンの濃度に対するガイドラインを定めるなど、水の華に対する早急な対応策が求められている。本報告は淡水において水の華を形成するアオコの増殖を防止することを目的とし、新たに開発した水中ストリーマ放電によるアオコ増殖防止法についてその概要を述べる。

2. 水中ストリーマ放電による物理現象
パルスパワーによって淡水中で生成されたストリーマ放電により発生する物理現象を図12に示す。水中ストリーマ放電では、放電先端における1 MV/cm を超える高電界や、1 GPa を超える衝撃波、紫外線やラジカルの発生を伴う。本研究では、この水中ストリーマ放電を用いてアオコ細胞増殖防止実験を行った。

  図12. 水中ストリーマ放電による物理現象

3. 実験装置及び実験方法
今回使用した水中ストリーマ放電によるアオコ細胞増殖防止実験の実験装置全体を図13に、リアクタを図14に示す。電極構造は針対円筒型を用いており、放電電極(H.V.側)には先端直径1 mm のステンレス製ニードル、接地電極材質も同じくステンレス製となっている。また、電極間隔は150 mm 一定とした。ブルームライン型パルス形成回路(B-PFN:Blumlein type pulse forming network)の出力を巻数比1:6 のパルストランスにより昇圧することで、アオコ水の入ったリアクタへピーク電圧160 kVのパルス電圧を印加し、水中パルスストリーマ放電を発生させた。


  図13. 実験装置の全体図


  図14. リアクタ

4. 実験結果及び考察
ストリーマ放電印加前のリアクタ内におけるアオコの様子を図15に、ストリーマ放電印加約2時間後のリアクタ内におけるアオコの様子を図16に示す。

  図17. 放電処理前のアオコ


  図18. 放電処理2時間後のアオコ

ストリーマ放電印加後、アオコは徐々に沈降を開始し、リアクタの底面に堆積した。約2時間後、ほとんどのアオコが沈降することで、リアクタ内のアオコ水の透明度が高くなったことが確認できる。ストリーマ放電処理の有無によるアオコ細胞の内部構造変化を確認するために透過型電子顕微鏡(TEM)により実施した観測結果を図17に示す。


  図17. 細胞内部の構造変化を示すTEM写真
  放電処理なし(左)、放電処理あり(右)

ストリーマ放電処理なしの細胞(左側)にはハニカム構造の気泡(GV)が存在しているのに対し、ストリーマ放電処理ありの細胞(右側)には気泡が消滅していることが確認できた。この結果から、ストリーマ放電で発生した諸物理現象が、アオコを水面へ浮上させる浮き袋の役割を果たしている気泡を破壊することによってアオコが沈降していくと考えられる。次に、ストリーマ放電処理の有無におけるアオコの細胞膜のTEM観測結果を図18に示す。


  図18. 細胞膜を示すTEM写真
  放電処理なし(左)、放電処理あり(右)

ストリーマ放電処理の有無において、細胞膜への変化は見られないため、ストリーマ放電処理による細胞膜破壊は起こっていないことを確認できた。これらの結果から、ストリーマ放電によってアオコの細胞内物質が水中に放出されるということはなく、水質汚濁は起こらないことが予想される。なお、今回の実験において、ストリーマ放電によるアオコ群体の崩壊も見られなかったので、水中へのアオコの分散も起こらないと考えられる。

5. まとめ
今回の実験では、アオコ水をストリーマ放電処理すると、アオコが水底に沈降していくことを確認した。また、ストリーマ放電によって発生した諸物理現象は、アオコの細胞内にある気泡を破壊するが、細胞膜は破壊しないということが分かった。今後、ストリーマ放電を印加したアオコ細胞の増殖や周辺水域への影響など調査する予定である。